藤本の日記(@Kentaro_Fujimo)

自分をポケモンに例えるなら、メタモン。

スターは自身の「下積みの努力」を公にさらすべきなのか?

 

こんにちは、藤本(@Kentaro_Fujimo)と申します。

 

このエントリは、ヨッピーさん著「明日クビになっても大丈夫!」の紹介連載エントリ第3回です。

 

ただ、それぞれのエントリは完全に独立しているので、このエントリだけでも十二分に楽しめます。

 

もちろん、他のエントリだけでも十三分に楽しめます。他のエントリも載せておくので、気になるテーマがあったら読んでみてください!

 

  

今回、ヨッピーさんの本を読んで改めて思ったのは、「日本一数字を取れるライターにも1記事2000円というブラックな時代があった」という、超月並みなことです。


同じことをちきりんさんの本を読んでも思って、その時にも「下積み時代」に関するエントリを書きました。


結局、思うような結果が出ない下積み時代の活力の源は、それが「好き」という気持ちであり、結果が出ない時期も焦らなくてよいための、今回のヨッピーさん本のテーマ「副業で"好き"をやろう」でした。


ただ、ここで終わってしまうと前回のちきりんさん本エントリからの僕の進歩がないので、今回はまたもう一歩話を進めます。

 

下積みの話は公にするべきか


前置きが長くなりました、今回のテーマは「下積みの話(苦労話や努力云々)は、公にすべきなのか」問題です。


僕の肌感覚ですが、これまでの時代は、苦労話や努力云々の話は「隠すのが美徳」という風潮があったと思います。


ただ結論からいうと、これからの時代はどんどん公にしていくべきです。


それには大きく分けて、3つのメリットがあります。

 

1.親近感がわく


まず1つ目は、「親近感がわく」ことです。

 

有名歌手が作った超いい歌よりも、仲のよい友達が作った歌の方が響くことがあるのは、その友達が曲を作った背景を知っているからです。

 

どんな事情があり、どんな苦労があり、どんな苦悩を経て、今の曲が作られたのを知っているから、そんなの応援せずにはいられません。


今回のヨッピーさんの苦労話は、僕にとってはこの①に該当します。


また、最近日本でも少しずつ浸透してきたクラウドファンディングも、ただのお金集めではなく、「共犯者作り」という側面もあります。


お金払ってそのリターンで企画会議などに参加して、自らもその作品に関わっていくと、親近感がわかないはずがありません。

 

2.結果を出した時に叩かれにくい


次に2つ目が、「結果を出した時に叩かれにくい」ことです。


これは1つ目と似ているところもありますが、①は自分への印象を「ゼロ→プラスにするのに対し、②はマイナス→ゼロ」にするイメージです。


よく、成功した経営者などに対して「あいつはただ運が良かったから」「あいつは才能があるから」という僻みの目が向けられます。(本当はそんなことないのですが)


そんな時、自分のその成功に至るまでのプロセス(苦労話)を開示すると、「なんだ、あの人にもそういう時代があったのか」「あいつも色々と大変だったんだな」という思いに変わります。

 

 

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典型的な例が、僕にとっては堀江さんでした。

 

別に嫌いだったわけではないのですが、ライブドア事件の時とか僕は小学生で、何が起こっているのか全く理解できておらず、単に「金の亡者」みたいな漠然とした悪いイメージがありました。


ただ、大学生になってからたまたま手に取った「ゼロ」を読んで、僕の堀江さんに対する印象は540°変わりました。


そこには、TVの画面越しからは全く感じ取ることのできなかった、堀江さんの弱い部分、等身大な部分が赤裸々に書かれていました。


「なんだ、堀江さんも僕と同じ普通の男子学生だったんだ!」という衝撃には、すさまじいものがありました。

 

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堀江さんへの印象は「マイナス→ゼロ」を通り越して、その後一気に「プラス」までいきました


あと、ここからは僕の完全なる邪推ですが、キングコングの西野さんも、最近は数年後の映画公開に備えて、ブログでせっせと「アンチ抹消」に勤しんでいる印象を受けます。


といのも、最近やたらめったら本に直筆サインを何百冊もしたというエントリが多いのです。


そして最後に、


「努力が報われるところを証明する」


的なメッセージ。


西野さんはよく「アンチを大事にしろ」と言っていて、それはそれでまぎれもない本音だと思います。(勝手に話題にしてくれるから)


ただ、数年後に映画を公開していざディズニーを倒すとなった時に、自分のファンの声がアンチの声にかき消されてはいけません。


別にアンチファンになってほしい(プラスの声を拡散してほしい)とまでは思ってないかもしれませんが、少なくとも浅はかな理解によるデマなどで、足を引っ張らないでくれという思いはあるのかもしれません。


西野さんの活動スピードはどんどんと加速していますが、その際に「あいつは実際のところ何もしてない」「小手先の見せ方だけでごまかしている」などの、単に足を引っ張るだけのアンチは不必要です。

 

そういったアンチは、今のうちから芽を摘みにかかっているという、なんの根拠もない僕の勝手な推測です。


(僕自身は西野さん大好きです。ブログも全部読んでるし、レターポットのパトロンにもなったし、本も買いました)

 

3.「コミット」という信用を得られる


最後3つのメリットはおまけみたいなもんですが、「結果や実績がない時点でも人に動いてもらえる可能性が高くなる」ことです。


これは本当におまけです。というか、実際に高くなるかどうかもわからないのですが、今僕が実験していることなので、書いておきます。


2ヶ月ほど前から、僕はとある企業でインターンとして働き始めました。社員の方々、忙しそうに働かれています。


なのでこの状況で入ったばかりでペーペーの僕の案件に少しでもコミットしてもらうには、僕自身のコミット具合を披露するしかないわけです。


「僕はこの案件のためにこういうことをやっています!こんなこともやっています!だから協力お願いします!」


みたいな感じです。

 

それをチャットワークや日報などで出来る限り開示して、なんとか僕に対する優先順位を上げてもらうように努めています。


ただ、絶対にここで気をつけなければいけないのは

 

「この苦労話自体が目的化されてはダメ」

 

というのとです。


これはあくまでも手段というか救済措置というか、苦肉の策というか、結果や実績を残せるまでの「その場しのぎ」です。


開示自体が目的化されてしまうと、「自分はこれだけやっているのだから、結果が出なくても仕方がない」という史上最悪の思考回路が形成されてしまいます。


僕自身も、あくまでも「その場しのぎ」ということを強く言い聞かせながら、日々開示しています。

 

今まではなぜ開示しなかったのか?


というか、逆になぜここまでのメリットがありながら過去のアイドルやスターは自身の過去を披露しなかったのでしょうか。


真相は本人に聞かないとわかりませんが、僕が察するに、「アイドルやスターの方がそういう泥臭い部分を晒すのは、カッコ悪い」という認識があったのだと思います。

 

あとは「ファンの夢を壊してはいけない」というのもあったかもしれません。


アイドルやスターは、「華」の部分だけを見せて、お客からは遠い存在であるのが美徳だったのかもしれません。

 

これからの「演者」と「お客」のありかた


しかしこれからの時代は、使い古された言葉で恐縮ですが「インタラクティブ」の時代です。キンコン西野さんに言わせると、もうインタラクティブすら古くて、"演者"と"お客"の垣根すら消えていく時代がやって来ます。


そんな時に、お高い所に止まっていては、誰も登ってきてくれません。他の演者はちゃんと山のふもとまで下りて、お客と触れ合っているからです。


できるだけファンに自身を開示して目線の高さを合わせていくというのは、これからしばらくの時代には、必須となっていくと思います。

 

ヨッピーさんの苦労話も盛りだくさんの初自著はこちら↓ 

明日クビになっても大丈夫!

明日クビになっても大丈夫!

 

 

Kindle版もあるよ↓ 

明日クビになっても大丈夫! (幻冬舎単行本)

明日クビになっても大丈夫! (幻冬舎単行本)

 

 

会社員が満員電車に揺られながら通勤するのは「お金」のためじゃない

 

こんにちは、藤本(@Kentaro_Fujimo)と申します。

 

このエントリは、ヨッピーさん著「明日クビになっても大丈夫!」の紹介連載エントリ第2回です。

 

ただ、それぞれのエントリは完全に独立しているので、このエントリだけでも十二分に楽しめます。

 

もちろん、他のエントリだけでも十三分に楽しめます。他のエントリも載せておくので、気になるテーマがあったら読んでみてください!

 

  

今回のテーマは、「企業と個人の関係性」です。

 

このテーマについて、本中にあった一つの見出しが、僕はとても印象に残りました。

 

それが、

 

「個人のやりがいがない方が、組織が上手くまわるという不幸」 

 

というもの。

 

ヨッピーさんの言うように、

 

「その人にしか出来ない大事な仕事」が社内にあるのなら、それを「誰にでも出来るように仕組みを作り変える」のが組織の論理で、これが「個人のやりがい」と明確に対立する概念になる。

本著より引用 

 

 というのは理屈としては最もで、僕も読みながら「ふんふん」と頷いていました。

 

ただ、その一方で心の隅では何か引っかかるものがあって、というのも

 

「理論上としては確かにそうだけど、実際には起業家やフリーランスではなく、サラリーマンやOLとして働いてる人がほとんどあって、そこにはまだこの本では言及されていない"何か"があるのではないか」

 

と思っていました。

 

その"何か"についてここしばらく考えていて、最近ようやく自分の中でそれなりに腑に落ちる論理が構成されました。

 

「お金」が欲しくて働いている?

 

まず、ここまでを聞いて「そんなのお金に決まってるだろ」 と思った人もいるかもしれません。

 

僕に言わせれば、その思考は短絡的すぎます。

 

何かこちらから価値を提供した”対価”としての「お金」をモチベーションにするのなら良いですが、純粋に「お金」をモチベーションに働く人は、今後どんどん減っていくはずです。

 

ここには多少世代間の価値観の違いも反映されてるかもしれませんが、少なくともこれからの時代を生きる上で、仕組みとしても「お金」は必要なくなっていきます。

 

モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書 (NewsPicks Book)
 

 

まず前提として、今の世の中でお金は余っています。

 

だから金利は低いし、地方銀行なども、貸し出す先がなくて困っているというニュースをよく聞きます。

 

それに今は「信用」を「お金」に両替する仕組みも充実してきているので、そんなに焦って「お金」を稼ぐ必要もありません。

 

さらに付け加えるならば、単純に一定のレベルの衣食住でよいなら、機械のおかげで僕たちは安価にそれらを手に入れることができます。

 

結論、僕たちはふつうに暮らす分にはお金はそれほど必要ないし、いざとなったら集金できる仕組みもあるのです。だから、「お金」をモチベーションに働く人は、どんどん減っていきます。

 

「やりがい」のために働いている?

 

 じゃあ結局、大勢のサラリーマンやOLの方たちは何をモチベーションに働いてるかというと、やっぱり「やりがい」じゃないかというのが、僕の推論です。

 

これまでのバイトで出会った社員、町中で人々が働いている風景、そして今インターンしている企業の方々をみて、そう思いました。

 

よく、フリーランスvsサラリーマンみたいな構図で、フリーランスは生き生き働いてて、サラリーマンは窮屈に働いているというイメージで話は進みます。

 

僕は、実際にインターンとして毎日社員の方と混じって働く中で、そもそもこのイメージが間違っているんじゃないかと思うようになりました。

 

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まず、サラリーマンの窮屈さを象徴するシーンとして、満員電車の死んだ顔の話が出てきます。

 

自分もその満員電車の一構成員に、毎朝5分ほどなってみて感じましたが、電車に一人で乗っている時に、生き生きした表情したり、ニヤニヤしてる人の方がおかしいです。

 

僕自身も、仕事自体は楽しくて電車の中でも比較的明るい気持ちですが、表情は真顔です。外から見たら、「顔死んでるなー」と思われてると思います。

 

※もちろん、あの満員電車の風景は狂気以外の何者でもないので、リモートワークにフレックス制、あとは職住近接などやるべきことは山ほどありますが、それと会社自体が窮屈とはまた別の話です。

 

「やりがい」ってなんだ?

 

次に、ここまで僕も何度か使っていて恐縮ですが、そもそも「やりがい」という言葉のあやふやさが、議論をより一層ややこしくしています。

 

 

「やりがい」ってなんだよ。

 

 

この言葉は「人間性」「成長」に次ぐ、胡散臭い日本語大賞、堂々の第3位にランクインしています。(僕調べ)

 

 ヨッピーさんは「やりがい」について、引用部分でも書いていたように「自分にしかできない仕事」と定義されていました。

 

これも読んだ時は「ふんふん」と頷いていたのですが、改めてよく考えみると、「自分にしかできない仕事」もなんだ?となりました。

 

ヨッピーさんの「やりがい」の定義

 

色々と考えた結果、まずこの世の中に「その人にしかできない仕事」はないという結論になりました。

 

これについては、例えばヨッピーさんは本中で「会社の業務は誰にでもできたけど、オモコロでの記事は僕にしか書けなかった。だから"やりがい"があった」という旨の記述がありました。

 

ただ、ものすごく変な言い方をしますが、ヨッピーさんが書いた超面白い記事も、誰か別の人が同じ記事を書いたら、「ヨッピーさんにしか書けない記事」ではないわけです。

 

理論的には、ヨッピーさんという僕たちと同じ人間が書いた記事なので、誰か別の人が絶対に書けない記事なんていうことはありえません。

 

なので「その人にしかできないこと」なんて、この世の中には存在しないと思います。

 

僕の「やりがい」の定義

 

じゃあお前の考える「やりがい」の定義はなんなんだよ?

 

という話ですが、僕の定義する「やりがい」は、「自分のcanが増えていく、もしくは増していくプロセス」です。

 

この定義だと、サラリーマンやOLの方も「やりがい」を持って働いているという僕の主張にも、つじつまが合ってきます。

 

ヨッピーさんの言うように、会社の業務なんて時間をかければ誰でもできるようになるもの、というのは僕も同意です。

 

しかし、だから「やりがいがない」のではなく、そこの「できるようになる」レベルに達するまでのプロセスに、みな「やりがい」を感じています。

 

逆に言えば、ヨッピーさんは優秀すぎました。優秀すぎて、すぐにその「誰にでもできる業務」を習得してしまったから、会社が退屈で仕方なかったのだと思います。

 

だから、そうやって会社の枠に収まりきらなくなった人は、どんどんと外に出て行ってフリーランスになったり新しく会社を立ち上げたりして、また新しい「時間をかければ誰にでもできる」スキルを習得しようとします。

 

これからの「企業と個人の関係」

 

ただ、ここの「どんどんと外に出て行く」という部分に関しては、これからの時代は少し変わってきます。

 

そのロールモデルは、LINEの田端さん(@tabbata)や幻冬社の箕輪さん(@minowanowa)です。

 

彼らは、スキルとしては明らかにもうサラリーマンとしての枠組みを超えています。

 

にも関わらず、会社員という肩書きでい続ける理由はなんなのか?

 

そのことに関して、以前AbemaTVで箕輪さんが興味深い発言をしていました。

 

「僕は別に、幻冬社での収入がゼロになっても、幻冬社に在籍し続ける。幻冬社では、幻冬社のネームバリューやプラットフォームでしかできないことをして、その信用や実績をもとに違う場所でマネタイズする」(僕の意訳)

 

すごく示唆に富んだ発言です。実際、箕輪さんは最近幻冬社外での活動も活発にされていて、自分でオンラインサロンを運営したり、タイムバンクで専門家として登場したりしています。

 

世間の流れとしても、副業OKのような風潮になってきています。

 

これからは、法人を「ただの幻想共同体」と捉えて一つの足場なりステップとして、利用する人がたくさん出てくるでしょう。

 

 

 

以上が、「現状、そして未来における企業と個人の関係」についての考察でした。

 

まだまだ紹介連載エントリは続きます。

 

ヨッピーさんの本↓

明日クビになっても大丈夫!

明日クビになっても大丈夫!

 

 

Kindle版もあるよ↓

明日クビになっても大丈夫! (幻冬舎単行本)

明日クビになっても大丈夫! (幻冬舎単行本)

  

 

数字を報告するだけの会議なら、さっさと撤廃したほうがいい

あなたの「休日の過ごし方」は?

 

雨の日曜日は、家で読書をしましょう。

 

こんにちは、藤本(@Kentaro_Fujimo)と申します。

 

先日、僕が読んだ本はこちらです。

 

ヨッピーさんの(@yoppymodel)処女作、「明日クビになっても大丈夫!」。

  

明日クビになっても大丈夫!

明日クビになっても大丈夫!

 

 

本の趣旨は、「会社員やってる人でも、趣味を副業に変えて、あわよくば本業にしちゃって、この時代の荒波を乗り越えよう」です。

 

ただ、それ以外にも色々と参考になる話がふんだんにあったので、連載形式で小分けにして紹介します。

 

今回はその第1回です。

 

テーマは「企業にはびこる意味不明な慣習」

 

ヨッピーさん、本の序盤でだいぶ古巣の会社をディスっています。

 

ヨッピーさんが挙げている例の中で、最も印象的だったのは数字報告会の話でした。

 

非効率的なのは書類上の問題だけではない。会議だってそうだ。僕は営業職なので毎月の月末には数字の報告会みたいなのがあった。

営業が一ひとり、事前に用意した売上の集計表を睨みながら、「今月は〇〇さん(得意先の名前) 約8000万、△△さんについてはコンテナの納品が2週間遅れた事もあり、当初の見込みより5000万円のマイナスの見通しです」みたいなのを営業全員でやるのだ。

それを偉い人が聞いて「まずい。ではその500万円分の売上をどこかの得意先でカバー出来ないか」「私の得意先が1000万円のプラスで推移しているので問題なくカバー出来そうです。ただ来月がその分厳しいかもしれません」

「ふむ。では来月の数字はどういう見込みかね?」みたいなのを、朝から晩まで、丸一日かけてやるのである。

「明日クビになっても大丈夫!」より

 

要点は、細かい数字の報告を営業職の人一人一人がやり、それを朝から晩まで1日かけてやるということです。

 

ヨッピーさんいわく、

 

「いや、数字の推移なんて、そんなもん事前に共有しとけや」

「明日クビになっても大丈夫!」 より

 

という話です。

 

「売り上げの推移や見込みなんて、事前に共有のエクセルシートにでも全部放り込んでおいて、数字のチェックを済ませた上で会議を始めればいい」というその後のヨッピーさんの主張も、最もだと思います。

 

ただ、そう言われて今自分がインターンしている会社を鑑みると、あまり笑ってはいられませんでした。

 

僕たちの会社も、毎週金曜日に「締め会」というのがあります。毎週の数字を各局が報告して会社全員で共有するのですが、これもヨッピーさんに言わせると「そんなもん、事前に共有しとけや」の部類に入ってしまいそうな気がします。

 

古い慣習に囚われていないと言われるベンチャー起業でさえ、そういうことをやっているので、ヨッピーさんが所属していたような大企業になると、本にもまだまだ書かれていない理不尽な慣習がたくさんあっに違いありません。

 

ただ、ヨッピーさんはそこで「まあ、そんなものか」と染まってしまわずに、最後まで違和感を持ち続けたことが、きっと今の大活躍につながっています。

 

僕も今後、「これって必要あるのかな」という慣習に遭遇したとき、「まあ、そんなものか」と腑に落とすのではなく、その違和感は大事に保ち続けたいなと思います。

 

ヨッピーさんの本はこちら↓

明日クビになっても大丈夫!

明日クビになっても大丈夫!

 

 

 Kindle版もあります↓

明日クビになっても大丈夫! (幻冬舎単行本)

明日クビになっても大丈夫! (幻冬舎単行本)

 

 

 

 

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「”性格”は先天的と後天的な要素、どちらが大きいか?」という議論は、なんかズレてると思う

あなたの「休日の過ごし方は」?

 

こんにちは、藤本(@Kentaro_Fujimo)と申します。

 

最近の休日は、専ら(もっぱら)漫画とアニメとYoutubeです。

 

僕が唯一紙の単行本を買い続けている漫画、「おおきく振りかぶって」の最新巻をようやく入手しました。

  

おおきく振りかぶって(28) (アフタヌーンKC)

おおきく振りかぶって(28) (アフタヌーンKC)

 

 

今回「おお振り」を読んで、僕は以下の4つのことを考えました。

 

 

①メンタルを「トレーニングする」ことの重要性

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おおきく振りかぶって 28巻」より

 

日本では未だに、メンタルを「トレーニングする」という感覚がないような気がします。

 

アスリートやスポーツチームでも、少しずつメンタルトレーナーが参画する事例が増えてきていますが、それでもまだまだ従来の「根性論」が根強いのが現状です。

 

先日、横浜DeNAが下克上を成し遂げたプロ野球でも、選手のコメントを見ていると、異口同音に「ここまで来たら、技術ではなく気持ちです」と言っています。

 

僕は、この発言になんとなく違和感を感じます。

 

スポーツにおいて、大事な3要素は「心・技・体」と言われていますが、「技」と「体」は毎日トレーニングするのに、なぜか「心」だけは、「その場で急に強くなるもの」「天性に備わっているもの」という印象を受けるからです。

 

アニメや漫画などでも、同じようなシーンがあります。

 

試合中や競技中、劣勢だった主人公が、何かをきっかけとして突如「うぉーーー!!!」といった感じて覚醒し、逆転します。

 

僕は、このような具合に「心」が何か魔法のごとく扱われるような描き方をされると、途端に冷めてしまいます。

 

それだったら、なんでもありじゃねーかと。

 

そんな急に強くなったりしないし、少し集中力を高めるくらいで、結果に影響を及ぼすこともありません。

 

「技」も「体」も毎日の積み重ねで強くなっていくんだから、「心」も的確なトレーニングをして、強くしていくものだと思います。

 

②集団における一個人のマイナス発言が、その集団に与える影響力 

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おおきく振りかぶって 28巻」より

 

これは今、「集団内で個人のマイナス発言がない状況」というのを生まれて初めて経験して、この言葉を意味を理解しました。

 

 この言葉、実は中学生の時に体育の先生に同じことを言われました。

 

当時は全く意味がわかりませんでした。なんせ、部活でも教室でも、「不満の漏れない」集団なんて、あり得なかったからです。

 

ただ、それを今は体感できています。僕が今インターンをしている会社です。

 

今のところ、同僚の方から集団に対する愚痴などのマイナス発言を聞いたことがありません。

 

今初めて、経験して感じるのですが、これはとても素晴らしいです。

 

集団そのものが素晴らしいのもありますが、そのような状態の集団で活動するのは、とても気持ちがよいです。

 

逆に言えば、この先1人と2人と同僚の方から不満を聞くことがあった場合、僕自身のこの集団における満足度も下がっていってしまうような気がします。

 

③「性格」は「言動」に付随する

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おおきく振りかぶって 28巻」より

 

"性格"の定義って、なんなんだろな」

 

これは、この本を読んで1番考えさせられたことです。

 

僕はそもそも、「"性格"は先天的な要素と後天的な要素、どちらの方が大きいか」という議論に懐疑的でした。

 

「性格」は「本当の自分」と言い換えてもしれません。

 

平野啓一郎さんの「私とは何か」という本を読んだ時にも、一つ自分の中で答えが出ましたが、今回、また違う形で自分の中に一つの答えを落とし込むことができました。

 

それは、「性格は言動に付随する」ということです。

 

「先天的か後天的か」という議論そのものが、なんとなくズレている気がします。そして、「〇〇という性格だから△△という行動を起こす」のでもなく、「△△という言動が、〇〇という性格を形作る」のだと思います。

 

ただ、一つ条件があって、「その言動の先にあるが、本当に自分が望んだものである」ということです。

 

それさえ満たせば、最初は本心では少し乗り気でない言動をしていても、いずれ本心=性格まで変わってきます。

 

なんとなく自分の体験ベースでそういう仮説はあったのですが、今回の「おお振り」を読んで、さらに確信を高めました。

 

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おおきく振りかぶって 28巻」より

 

例えば僕は大学生になった時に、「自分の興味あることに対しては、どんどんと行動に移せる人間になりたい」と思いました。

 

それまでは割と、保守的な感じの人間だったと思います。

 

だから、2年生の夏に大阪から東京へヒッチハイクした時も、最初はめちゃくちゃ緊張しました。正直、「もうやめたいな」と思う瞬間もありました。

 

でも、ここで辞めたら中途半端な人間になってしまうなと思い、声をかけ続けました。

 

新しい出会いなどの魅力に取り憑かれ、2年の秋にもう一度福岡から兵庫までヒッチハイクするくらい、好きになりました。

 

そうすると、新しいことに取り組むことのハードルがどんどん下がっていき、学校の授業で福島の原発を視察したり、留学したり、今こうして休学してインターンしたりする人間になりました。

 

多分、高校までの僕しか知らない人間が今の僕を見たら、けっこう驚くと思います。

 

言動は、性格を変えます。

 

④メンタル力はイメージ力、実現力はイメージ力

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おおきく振りかぶって 28巻」より

 

③で言った通り、僕は「行動する」ことに重きを置いているので、「知る」こと自体に価値をそれほど価値を感じていませんでした。

 

ただ最近、「知る」ことも大事だなというふうに考えを改めつつあります。

 

というのも、「知る」段階を経ないと「行動」に移せない場合が多いからです。

 

そもそもそういうイベントがあると「知ったり」、そういう活動をしている人を「知ったり」、そういう方法があると「知ったり」しないと、「行動」に移せません。

 

僕が今回東京に来たのは、そういった情報を得やすい環境という側面もあります。

 

知ってイメージするというのも、大切なフェーズです。 

 

 

 

以上、「おおきく振りかぶって」28巻を読んで僕が考えたことでした。

 

次巻が待ち遠しい。

 

おおきく振りかぶって(28) (アフタヌーンKC)

おおきく振りかぶって(28) (アフタヌーンKC)

 

 

 

 

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SNSにおける「FF外から失礼します」は必要なのか?

 

こんにちは、藤本(@Kentaro_Fujimo)と申します。 

 

 先日、下のような記事を読みました。

 

gendai.ismedia.jp

 

タイトルで筆者の方の主張は大体わかるので、別に中身は読んでも読まなくてもどちらでも良いです。

 

ただ、この記事に対する僕の感想が140文字では収まらなさそうだったので、こちらに書くことにします。

 

記事中における筆者の方の主張を僕なりにまとめると、

 

①現代は、オフラインとオンラインの境界が曖昧になった。

②だから、オンラインでもオフラインと同じ振る舞いをするようになり、「FF外から失礼します」が定着した。

 

です。

 

僕の主張を先に言っておくと、

 

「①には同意で、②には異論がある」

 

ということです。

 

まあ、皆さんも①はそんなに説明は要らないと思います。筆者の方も文中で触れているように、SNSやネットで起きた現象が、そのままリアル世界に影響を与えることも珍しくなくなりました。

 

肝心なのは②の方です。

 

僕個人的には、あの「FF外から〜」は不要です。

 

要らないと思う理由は、大きく分けて2つ。

 

①その一文を打つ暇があったら、早く本題に入って欲しい

 

特に Twitterなんかは、140文字と字数に制限があります。

 

そんな何の意味もない一文打つくらいなら、本題の説明に字数を割いて欲しいです。

 

良くも悪くも色んな人と交われるのがインターネットの醍醐味だし、交わりたくない人は鍵垢にしてます。

 

しかも大抵、「FF外から〜」という一文をつける人に限って、一見低姿勢な人と思わせておいて、とんでもないクソリプや過激な発言をします。

 

その形式ばった社交性はいらないよ!

 

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②「FF外から〜」がリアル世界の初対面の感じから派生しているという筆者の主張は、違うと思う

 

筆者の方は具体例として、田舎の道端をあげていましたが、強いて言うなら、僕は今回のテーマのルーツは、仕事における電話やメールなどにある、あの最初の長ったらしい挨拶だと思います。

 

「いつもお世話になっております」とか、あんな感じのやつ。

 

みんな、それが面倒くさくて嫌だから、ビジネスの場面でもLINEのようなチャット形式のコミュニケーションツールを使い始めています。

 

だから、筆者の方としては「古き良き日本の習慣が、オンラインにもやってきた」ということなのかもしれませんが、それを言うなら、僕は「悪しき日本の仕事習慣が、オンラインにもやってきてしまった」の方に近いです。

 

5年後10年後にこの文化、どうなってるんでしょうね〜。というかそもそも、SNSって概念もどうってるんでしょうか?

 

 

 

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「なめらかなお金がめぐる社会。あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。:家入一真」

 

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 こんにちは、藤本(@Kentaro_Fujimo)と申します。

 

なめらかなお金がめぐる社会。あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。」という本を読みました。

 

新しい経済や、著者の家入一真さんが代表を務めるクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」のこれからについて、とてもやさしい文調で話してくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、CAMPFIREで色んなパトロンになりすぎて、来月のクレジットカード請求に恐々としている日々です。

 

 

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ブランディングやマーケティングって、「信用を前借りする」ことだと思う

 

こんにちは、藤本(@Kentaro_Fujimo)と申します。

 

僕は、以前のエントリでも書きましたが、先月から、大学を休学してインターンをしています。

 

 

早速、社会人の壁に激突しております。

 

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電柱のイラストしか見つからなかった

 

 

やっぱり、レストランで料理運ぶのとは、少しわけが違いますね。

 

「バイト」と「インターン」って、名前だけじゃなくて、やっぱり中身も違います。

 

どういう壁かというと、ブランディングとか、マーケティングってやつです。

 

Twitterやブログをやっている時は、「あくまでも趣味で、じぶんのやりたいようにやる」という言い訳が邪魔をして、結局最後のところでは、相手のインサイトを探っていませんでした。

 

しかし、実際に対価としてお金を受け取るとなると、話は変わってきます。

 

「どうしたら売れるのか」「消費者は何を求めているのか」について、徹底的に思考を凝らさなければなりません。

 

これまで本気で取り組んでこなかったツケが、今になって回ってきております。

 

ただ、いざじゃあ「ブランディング」や「マーケティング」について考え始めてみると、これほど定義がなく、実体のないものはありません。

 

だったら自分で勝手に腑に落とすしかないなと思って、商売始めたばっかのペーペーの視点から、「ブランディング」や「マーケティング」についての、現時点での考えをまとめることにしました。

 

ブランディングマーケティングって、実際なんなの?

 

結論から言うと、「ブランディング」や「マーケティング(以降、2つを合体させてブランケットと呼びます)って、

 

「消費者からの、信用の前借り」

 

だなって思いました。

 

 

そもそも、なぜブランケットをするのかというと、「いかに消費者に知ってもらい、試してもらうか」に尽きます。

 

中には、チョー有名な大手企業などになると、「いかに忘れられないか」に主眼を置いたブランケットもありますが、世にあるブランケットの大半は、「いかに知ってもらい、いかに試してもらうか」が目的です。

 

特に今のこれだけ情報やモノが溢れている時代、その中から自分のサービスや製品が埋もれることなく、頭一つ抜きん出ることは、とても大変です。

 

よく「騙されたつもりで試してみてください!」なんていう謳い文句を聞くけれど、誰だって騙されたくありません。

 

だから、どうにか消費者が「騙されてないと思っている、自然な状態で」試してもらうために、ブランケットを行うのです。

 

信用を前借りする

 

ここでようやく、冒頭の「信用の前借り」という話に戻ります。

 

とりあえずブランケットが上手くいって、消費者に自分のサービスを試してもらったとします。

 

ここで次の目的は、「いかに消費者に満足してもらって、リピートしてもらうか」です。

 

その際、重要になるのが「消費者から前借りした信用を、何倍にもして返す」ということです。

 

借りたものは、しっかりとその恩も含めて返されなければなりません。

 

返せなかった場合、それは「借信(しゃっしん)」となり、自身の信用を失うことになります。

 

 これからの「信用経済」「評価経済」において、それは致命的なダメージです。

 

信用を貨幣に変換できても、貨幣を信用には変換できません。

 

ですので、目先の貨幣を求めてブランケットの際に「嘘」をつくよりも、信用のために「正直な」ブランケットをすることが大事です。

 

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借りたものはしっかり返す

 

 ここまでが、「売る側」からの、僕のブランケットについての現時点での考察です。

 

少し視点を変えて、ここからは「買う側」からのブランケットについて考えます。

 

上記の内容をふまえた上で、これから時代に人々がサービスを使ったり製品を買う時、重視するのは「どのように」ブランケットしているのかよりも、「誰が」ブランケットしているのかにシフトしていくんじゃないかと思います。

 

「誰が」が重要になってくる、これからの消費行動

 

後者の「誰がブランケットしているのか」は、正確に言うと、「誰がやっている事業なのか、もしくは誰が紹介しているのか」ということです。

 

消費者の行動要因に、属人的な面が増してくるのです。

 

「口コミ」というのは、インターネットとSNSの普及により、物理的な制約を超え、世界中で可視化されるようになりました。

 

つまり、いくら「巧く」ブランケットを行なっても、口コミによってそのサービスや製品の実力が良くも悪くも、明らかになってしまいます。

 

また、新しいサービスや製品を開発する度に自前でブランケットを行なっても、「そんな毎回上手いことできてるわけないだろ!」という、消費者の潜在意識に阻まれます。

 

結局、1つ前の「審査」の段階で落ちてしまい、そもそも消費者から「借信」をしにくくなってしまったのです。

 

じゃあ、消費者が何を基準にサービスや製品を選ぶのかというと、「who」です。

 

「who」にも、大きく分けて2つあります。

 

  1. 「誰が」やっている事業なのか
  2. 「誰が」紹介しているのか

 

です。最初に、①の具体例をあげます。

 

「誰が」やっている事業なのか

 

以前、キングコングの西野さんが、ブログで言及していて印象的だった内容があります。

 

それは、

 

『今の時代、サービスや製品の中身自体は、どれもそんなに変わらない

でもその中でどれを選ぶ方なったら、最終的には"誰が"やっているかを重視する。

例えば、クラウドファンディングのサイトは、どこも大きくは変わらない。

けど僕は家入さんの思いに共感しているから、毎回CAMPFIREを使う。』

 

というものでした。(僕の解釈です)

 

これは本当に、そうだなと思いました。

 

実際、僕も最近レンタルサーバーを借り始めたのですが、ぶっちゃけ、各社の違いがわかりませんでした。

 

細かい差異を比較するのも面倒なので、「ロリポップ」を選びました。

 

これは、先述の家入一真さん(@hbkr)が始めた事業です。クリエイターなどに安く使って欲しいという思いから、めっちゃ安くなっています。

 

僕には、家入さんのそういう思いは、普段のTwitterや記事などを読んでいると本当だなと信用できるし、そういう思いの家入さんの顔も思い浮かんだので、「ロリポップ」にしました。

 

この場合は、ブランケット云々というより、その人や会社自身の普段からの言動などに、信用が集まっているのだと思います。

 

次は、②の「誰が」紹介しているのか、についてです。

 

「誰が」紹介しているのか

 

インフルエンサーマーケティング」などは、ここから来ています。

 

ただ、僕自身はここから先の「インフルエンサーマーケティング」は、インフルエンサー業を生業にしている人よりも、インフルエンサー業を副業としてやっている人が、最強だと思っています。

 

インフルエンサー業を本業としていると、どうしてもそれで食べていくためには、ある程度の「数」をこなさなければいけません。

 

ただ、そうなると前述したように、消費者の潜在意識の中にある「そんなに良いサービスや製品は、頻繁には生まれない」という思いから、どうしても「信用の前借り」をしにくくなります。

 

その点、インフルエンサー業を副業としている人は、極論、別にインフルエンサーとしての収入は「ゼロ」でもよいわけです。

 

そうなると、数は少なくても良いし、ダメだと思ったものは厳しい批評をしても良いし、本当に気に入ったものだけを紹介できるので、「信用の前借り」をしやすい要素しかありません。

 

別にアフィリエイトなどで稼ぐ必要はないにも関わらず、信用を失うリスクを背負ってまでそれを紹介するのは、「これ、めっちゃいいから、どうしてもみんなにも知ってほしい!」という動機しかないわけです。

 

それだけ満を持して紹介するのものなので、実際に使ってみても、良いサービスや製品である確率が非常に高いです。

 

ですので、しっかりと「借信」を何倍にもして消費者に返せて、紹介した人自身の信用はさらに上がるという、好循環になります。

 

例で言うと、さっき言ったキンコン西野さん(@nishinoakihiro)、あとはLINEの田端さん(@tabbata)、ちきりんさん(@InsideCHIKIRIN)などが、それにあたります。

 

「ほぼ日」の偉大さ

 

 ただ、このテーマについて考えていた時、逆説的に「ほぼ日刊イトイ新聞」って、えげつなくスゴいな!!!と気づきました。

 

糸井重里さんのコラム以外は、そんなに読んだことないですが、ほぼ日のビジネスモデルって、広告じゃなくて、例えは良くないですが、アフィリエイトみたいな感じです。

 

記事で商品を紹介して、その商品を買ってもらう。(間違ってたら、ごめんなさい)

 

他にも色々収入はあるし、収益のメインは「ほぼ日手帳」らしいですが、それでもやっぱりスゴいです。

 

ずっと記事を更新し続けるという「量」もこなしながら、魅力的な製品ばかりを紹介し続けるという「質」もしっかり担保している。

 

これ、僕が今回これまで書いてきた内容と、ある意味真逆の道を行っています。

 

これをやるには、「誰がやっている事業なのか(→糸井重里さん)」、「誰が紹介しているのか(→糸井重里さんとその仲間たち)」だけでなく、「どのようにブランケットするか(→どれだけ面白い記事を書けるか)」という、全ての要素が重要になってきます。

 

また、量と質の両方を追求するために、量を凌駕(りょうが)する、「圧倒的な量」に触れ続ける必要があります。

 

これって、メチャクチャ大変で、かつスゴいことです!

 

まとめ?

 

最後は、ほぼ日刊イトイ新聞の偉大さを熱弁する内容になってしまいましたが、要は、

 

「信用は大切にしよう」

 

っていう話でした。

 

じゃあそれで自分は「売る側」からとして考えた時にどうすればいいんだ!という問題は、もう少し考えます。

 

おしまい。

 

 

 

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