藤本の日記

兵庫に住む男子大学生が書くブログです。

「私とは何か 「個人」から「分人」へ:平野啓一郎」

かきくけこんにちは。藤本です。

 

私とは何か 「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か 「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

 

 

最近、著名人のインタビュー記事などを読んでいると、皆さんやたらと「分人」という概念を使うので、これは深く知っておいたほうがいいなと思い、ポチった。

 

結論から言うと、これは読んだほうがいいか読まなくてもいいかのどちらかで言わなくても、読んだほうがいい本だ。「嫌われる勇気」で一躍スターの仲間入りを果たしたアドラー心理学では、「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」と言われている。この本読んで「分人」の概念を習得できれば、みんなが抱えているその対人関係の悩み、軽く2~3個は片付くと思う。

 

ということで今回は、この本を読んで、僕の悩みの中でスッキリ解決された事例の一つを書く。

 

この本を読む前の僕の悩みの一つは、「本当の自分とは」ということだった。言葉だけ見ると、何だか青年期の通過儀礼かおい!みたいな感じがするけど、別にそこまで壮大な話ではない。経緯を説明するために少し話を脱線させると、大学で心理学の授業を受講していると、時々その教授のゼミ生が、レポートや卒論の材料として質問紙調査にやってくる。その際、臨床系のゼミの調査で絶対に聞かれるのが「あなたの性格は?」系質問だ。10年前の日本において、アラサー未婚女子がおじさん上司に「結婚はしないの?」って飲み会で聞かれる頻度くらい、絶対に聞かれる。

 

例えば「休日は家で一人で過ごしたいか、外に友人や恋人と出かけたいか」や「あなたは集団の中でリーダータイプですか、サポートタイプですか」などという質問がその具体例なのだけど、多分、僕は答える度に回答が変わっていた。その時時の精神状態や直近の印象深い出来事などに、かなり影響されていたように思う。僕は心のなかで「そんなの時と場合によるだろ!」と半ギレになる一方で、「このケースバイケースの不安定な感じは、あまりヨロシクないのではないか」という不安も抱えていた。

 

話を戻そう。そしてその不安というのは、根本的に人として人格が安定してないのは大丈夫なのかというものと、もう一つ、別の意味での不安として抱えていた。それは大学生が社会人へと羽ばたくために多くの人が通る関門、「就活」に際しての不安だ。僕は今大学3年生なので、同級生の間ではパ・リーグ日ハムの追い上げ方くらい、ジワジワと「就活熱」が高まってきている。就活ということはつまり、「あれ」を書かなければならない。そう、「エントリーシート」だ。

 

ぎゃーーー!!!

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そして、エントリーシートを書くとなったら、事前に「あれ」も避けて通れない。そう、「自己分析」だ。

 

ぎゃーーー!!! 

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この自己分析とやらが、僕はどうもする気になれなかった。ちょっとした質問や過去の振り返りだけで、自分の強みや弱みを把握されたくなかったし、したくもなかった。ベラベラ快活に喋るやつのなか、黙々と寡黙に物事に取り組むやつなのか。みんなを引っ張るリーダーなのか、そんなリーダーを支える参謀役なのか。そんなの全部、その時一緒にいる人との兼ね合い次第だろ!と思っていた。

 

この「自己分析」とやらをして「本当の自分」なるものを深く探求すればするほど、強引に自分をひとつの固定化された像にしてしまう気がして、嫌だった。そしてそうやって強引にでも自分像を作ってしまうと、「自分はこういう人間なんだ!」と規定した上でその通りに振る舞わなければならない気がして、絶対に嫌だった。そんなの「自分」なんて、その時々に自分が最適だと思う振る舞いを無意識的に行い、その行動一つ一つが結果的に「自分」を構成する要素ということでいいじゃないかと思っていた。シロかクロかのはっきりした感じじゃなくて、混沌としたグレーな感じ。けどこの本読んだら、それで良かったんだって思えた。

 

分人は 、相手との反復的なコミュニケ ーションを通じて 、自分の中に形成されてゆく 、パタ ーンとしての人格である 。必ずしも直接会う人だけでなく 、ネットでのみ交流する人も含まれるし 、小説や音楽といった芸術 、自然の風景など 、人間以外の対象や環境も分人化を促す要因となり得る 。一人の人間は 、複数の分人のネットワ ークであり 、そこには 「本当の自分 」という中心はない 。

 

これが本著のまえがきに出てくる、「分人」についての説明だ。自分像を規定する必要はなかったし、そもそも「本当の自分とは」という問いそのものが愚問だったのかもしれない。そうして悩んだ日々は無駄ではなかったけど。家で一人静かに読書を嗜む僕も「僕」だし、グループディスカッションでテキパキ皆をまとめる僕も「僕」だ。色んな「僕」があって良い。その一つ一つの「僕」が構成要素となって結果的に「僕」が作り上げられる。曇り空のようにモヤモヤしていた僕の思いは、「分人」という概念と言葉を与えてやるだけで、気持ちのよい晴天になった。誰かに話してもなかなか理解してもらえなさそうな話だと思っていたから、ここで「分人」君に出会えてよかった。ありがとう「分人」君。この概念はかなり応用力が高いと思うので、持ってるとかなり強力な武器になりそうだ。

 

さて、ならエントリーシートの長所・短所欄には、「分人」の定義でもコピペしとこうか。どうしよう。。 

 

 

 

 

 

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