藤本の日記(@Kentaro_Fujimo)

自分をポケモンに例えるなら、メタモン。

はじめしゃちょー、二股したらしいな。

日本を代表するYouTuberが窮地に立たされている。

 

そう、「はじめしゃちょー」である。

 

細かい経緯などを説明する気はないので、そちらに興味がある方は適当にググってもらえればいいと思う。山ほどまとめ記事などが見つかるであろう。結論だけ言うと、はじめしゃちょーは現在「浮気・二股騒動」の渦中にいる。そして彼は、この件について謝罪動画まで投稿した。

 


今回の騒動について。

 

キンキンに尖った見方をすれば、遂にYouTuberも浮気や二股がネタになるほど社会的に浸透しつつあるということで、感慨深さもある。ちなみに、僕はYouTuberではない。ただ単に、感慨深いだけである。

 

しかしそんな呑気なことも言っていられない。はじめしゃちょーは謝罪動画投稿日の翌日以降も、いつも通りおちゃらけ動画を投稿しているのだが、低評価の数が騒動以前の30~40倍にもなっている。コメント欄には、「反省しているなら動画自粛しろ」「見損なった」などといったコメントも散見される。

 

ああ、僕たちは全く進歩していない。ベッキー、そして乙武さんの時から。僕たちは学んだはずである、人には必ず「ギャップ」があると。皆が必ず、「GAP」のパーカーを持っているという意味では、ない。少なくとも、僕は持っていない。そうではなくて、人には必ず「自分しか知らない一面」、もしくは逆に「周囲の人しか知らない一面」なんかがあるんだということである。当の本人である乙武さん自身も、復帰後のミッツさんとの対談の中で、このように述べている。

 

人間には誰しも二面性、三面性があるし、それがむしろ自然だと思うんです。ひとりの人間の中に白と黒が混在して、しかも混ざりあわずに斑になってるのが人間なのかなと。

 

はじめしゃちょーしかり、ベッキー乙武さんのスキャンダルがここまで大きくなったのは、当事者の知名度もさることながら、最も大きな要因は彼らの「ギャップ」であると、僕は思っている。つまり、お三方を思い浮かべてみればわかると思うが、みな騒動が発覚する前は、一般的には所謂「クリーン」なキャラクターだった。ベッキーは常に笑顔を振りまく元気ハツラツな女の子で、乙武さんは障害を抱えつつも懸命に社会問題に取り組む良きパパだった。そして、普段はじめしゃちょーの動画を観ていない方は知らないと思うが、彼もまた、動画自体は滅茶苦茶やっていたが、女性関係に関しては「クリーン」なイメージを持たれていた(ように思う)。

 

今回こそ、僕たちは気付くべき時なのである。人間はそれぞれ、色んな「面」を持っているということを。白か黒かでは語れない。みんな、僕のツイートでも読んで考え直すべきだと思う。

 

 

ただ一方その対談の中において、乙武さんの先ほどの発言の後に、ミッツさんが返した言葉も確かになと感じた。以下引用する。

 

それが「商品価値」なんですよ。第三者がある側面だけを追い求めて、なおかつそこに人々がおカネや時間を使ってくれるだろうという魅力や才能を持っている人に、商品価値は生まれます。だからタレントの周りでお金が回るわけでね。

 

つまり、乙武さんは「障害を抱えつつも懸命に社会問題に取り組むパパ」という一面だけを切り取られたがゆえに袋叩きにされたが、一方でその一面こそが「商品価値」にもなっていたのである。この辺りは大きなジレンマで、大変難しい問題ではある。僕たちファン側の人間としては一体、どうすればよいのだろうか。そんな時、人気ブロガー・はあちゅうさんが大変良いことを言っていた。僕は、彼女の言葉が一つの解決策を提示するヒントになるのではないかと思っている。

 

 

既婚者の不倫相手だったベッキーももちろんベッキーだが、騒動発覚前にお茶の間に元気と笑顔を与えていたベッキーも、間違いなくベッキーなのである。乙武さんだって前出の対談の中で、

 

たとえば僕自身がこれまで語ってきた社会や教育に対する思いには嘘偽りがないし、今も心からそう思っている。一方で、自分に甘く、プライベートがだらしないところも、残念ながら僕の一部だったわけです。どちらも私のリアル。 

 

と述べている。そして、今回のはじめしゃちょーにしたって、色んな女の子と遊んじゃうはじめしゃちょーも「真」だが、面白い動画を出しまくるはじめしゃちょーも、これまた「真」なのである。人間、みな色んな「面」を持っている。一般の人たちが、芸能人に対してメディアを通してある「一面」に魅力を感じてファンになるのは、全くもって構わない。ただ、自分が思っていた一面と違う新たな一面を知って、なおかつその一面が自分にとって気に食わなかった時、わざわざ魅力を感じていた一面まで嫌いになる必要はないんじゃないだろうか。

 

この世の中、自分にとって完璧な人などそうそういない。というかいない。ひとつ嫌いな面があるだけでその人のすべてを嫌いになってしまうというのは、大変悲しく、つらいことである。もっとゆるく、楽しく生きたい。

 

「この人のこういう面はあんまり性に合わないけど、こういう面は大好き!」

 

これでいいんじゃないだろうか。

 

最後に、吉報をひとつ。最初に、はじめしゃちょーの動画の低評価の数が30~40倍になっていると言ったが、実はその一方で、高評価の数も2~3倍になっているのである。結果的に、高評価の数が低評価の数を倍近く上回っている。

 

もしかしたら、僕たちは少しづつでも前に進んでいるのかもしれない。

 

僕は、女たらしなはじめしゃちょーも、くだらないことばっかりしてるはじめしゃちょーも、両方好きだ。

 


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